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zoom RSS 『セガサターン』がなぜ失敗したのかを当時のCEOが語る について。

<<   作成日時 : 2017/07/07 16:09   >>

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『セガサターン』がなぜ失敗したのかを当時のCEOが語る「発売と同時にソニックが登場できていれば…」オレ的ゲーム速報
について。

画像
何故失敗したのか?日本ではなく北米での話。


<引用>

当時CEOだったカリンスキ氏は「北米では成功しない」ということがわかっていたそうです。日本の経営陣は北米でのセガサターンの発売時期をPlayStationと同じ1995年9月に予定していたのですが、セガと任天堂の市場競争で大きな功績を残していたカリンスキ氏は、「翌年の1996年に持ち越すべき」と考えていた。

カリンスキ氏は発売日の前倒しに激しく反対したそうですが、この反対意見が聞き入れられることはなく、セガサターンはPlayStationやNINTENDO64に先駆けて、1995年5月に北米で発売となった。

突然の発売日の前倒しはセガのファンを混乱させることになりましたが、これはセガの失敗の序章に過ぎなかった。

北米で急きょ発売が始まったセガサターンですが、限定されたごく一部の小売店でしか購入することができず、在庫のある店舗を見つけるのは非常に困難だった。

ソフトラインナップも十分でなく、「ソニック」のシリーズ新作はローンチに含まれていなかった。
セガサターンはセガの歴代ゲーム機の中で唯一、「メインタイトルのないハード機」として登場してしまった。

この時点で多くのファンがセガに見切りをつけてしまうきっかけとなりました。カリンスキ氏は「成功するためには十分な分量のハードウェアとソフトウェアを用意しなければならないことは、誰でも知っていることです」「もしセガサターンと同時にソニックが登場できていれば、世界が変わって見えるほどの大きな支えになったことでしょう」と話す。


全文


日本とは事情がかなり異なっていますね。

PlayStationやNINTENDO64に先駆けてサターンが発売されているのは日本も同じです。

因みに日本では1994年発売だが、北米では1995年5月ですね。
(日本では初代プレステも94年12月に発売されています)

日本では家でバーチャファイターがプレイできるという事でかなり人気はあったと思う。見た目の出来も動きも良かったけど、盛大にポリゴン欠けという現象が発生(それも頻繁に)するので後に修正版も出てましたね。

因みにアーケード版の基盤はポリゴンの描画は出来てもテクスチャを描画する機能を持っていなくて模様とかは全て別の色違いのポリゴンでモデリングする事で対応していた様です。サターンはテクスチャを描画ができるのでその分ポリゴン数が減って有利だった訳だけど、サターンのポリゴンソートはZソートなので複数のポリゴンが交差するような部分はどうしても欠けちゃうんですよね〜

因みにプレステもZソートです、Zバッファになったのはドリキャスやプレステ2からで、サターンやプレステは3Dではあって当たり前の「パースペクティブコレクション(パース補正)機能」すらありません。なので大き目のポリゴンにテクスチャを張っているゲームなんかでは模様がガタガタになっています。(ノウハウのある会社では出来るだけポリゴンを小さくし沢山ポリゴンを使う事でガタガタが少なくなる様にしているみたいです。まぁ性能や容量とのトレードオフ関係でどうしてもできないケースもあるだろうけど)

因みにアーケード版のバーチャファイター2はテクスチャ機能を持っていると言っても、基本色の1色を指定すると、その指定した色を4bitの階調(暗明)で色を塗れるって程度の機能です。だから青い部分と赤い部分があれば、ポリゴンは1同様に別のポリゴンに分ける必要があります。

で、サターンは日本ではバーチャ人気もあって出だしは好調だったし、先に100万台販売したのもサターンが先だった。

ソニーのCMで「いくぜ100万台」って印象操作CMでPSの方が好調と思わせる手法とセガがマスゴミに嫌われていた?(宣伝)関係でサターンのイメージも悪くなっていった。

ドリキャスの時も馬鹿なマスゴミは、PS2のデモを見て「セガの100倍凄い!」なんて頭の悪い事言ってました。当時というか初代〜プレステ2〜プレステ3のハッタリ性能(宣伝上の性能やカタログスペック上の性能)は酷かった。PS4になってようやく性能の話するのを控え目になってきたかな?

まぁ日本の事情は置いといて
海外ではサターンよりメガドラの人気が圧倒的にあってサターンはそれほど望まれてもいなかったって事情があるみたいです。なのでサターンが発売されると「セガの裏切り者」みたいな声を聞いた事があります。
(その前に発売した32Xという糞ハードも問題だったw)

そして海外では人気のあるソニックという目玉ソフトが無いという致命傷のせいで・・・

ドリキャス時代はともかくPS1とサターンの時代は自分の周りだと五分五分の勝負してたよ
そうなんだよな。
2Dゲームが得意なサターン、3Dの得意のプレステと棲み分けもできそうだったんだけどねぇ。

FFで持って行かれたとよく言うが、決定打ではあったものの、あの前で勝敗ついてたと思う
セガは宣伝に負けたって面もあると思う(個人的に)。

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